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東京高等裁判所 昭和33年(う)1912号 判決

控訴人 被告人 千葉忠作

弁護人 荒井金雄

検察官 倉井藤吉

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人荒井金雄提出にかかる控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用し、これに対し左のとおり判断する。

控訴趣意第二点の一について。

所論にかんがみ調査するに、原判決の挙示する関係証拠を総合すると、被告人は弁護士でなくかつ法定の除外事由もないのに判示第二の(一)および(二)記載のように、報酬を得る目的で白井竹国および高橋酉雄からそれぞれ家屋明渡請求事件または損害賠償請求事件の解決方を頼まれて判示のような和解その他の法律事務を取扱つたことを認めるに十分である。

弁護人は、被告人には行政書士としての代書料を得る目的はあつたが判示のような報酬を得る目的などはなかつたと主張するが、本件記録を精査しても、この点に関する原判決の事実認定には何等誤認のかどはない。

弁護人はさらに、原判決が僅か二回に過ぎない被告人の判示所為を捉えて直ちにこれを弁護士法第七十二条にいわゆる業とする場合に該当すると認定したのは、法律の解釈を誤り法令の適用を誤つたものであるといい、原判決が被告人において業として法律事件に関して和解等の法律事務を取り扱つた旨を判示していることは所論のとおりであるが、弁護士法第七十二条に「弁護士でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び訴願、審査の請求、異議の申立等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋を業とすることができない。但し、この法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。」とあるは、弁護士でない者が、法定の除外事由がないのに、報酬を得る目的で同法条掲記のごとき法律事件に関して法律事務を取扱うことおよびこれらの周旋を業とすることを禁止する趣旨であつて、いやしくも弁護士でない者が、法定の除外事由がないのに、報酬を得る目的でもつて同法条掲記の法律事件について法律事務を取り扱う以上は、業としてこれらの法律事務を取り扱つたものであると否とを問わず同法条に違反するものといわなければならない。そしてこれを本件にみるに、被告人は、前記のように弁護士でなくかつ法定の除外事由もないのに、報酬を得る目的でもつて判示のように法律事件に関して和解等の法律事務を取り扱つたものであり、この事実は原判決の適法に認定しているところであるから、被告人の判示所為は、前記説明に照らし、その業としてこれをなしたか否かを問わず弁護士法第七十二条に違反すること明白である。従つて原判決が被告人の右判示所為に対し弁護士法第七十二条第七十七条を適用したのは結局正当であり、かりに原判決が、この点につき業とすることをもつて同法条の罪の構成要件であると理解したものであるとしても、その誤りは判決に影響を及ぼすものとは言えない。

それゆえ事実誤認ないし法令適用の誤ありとする論旨はいずれも理由がない。

次に職権により調査するに、刑法第二百二十三条等一項にいわゆる「暴行を用い人をして義務なき事を行わしめる」とは、人に対して暴行を加え、よつてその人をして義務なき行為に出でしめることをいい、即ち被強要者に、その暴行のため強要されたものではあるが、なおその自己の意思に基く行為が存することを要し、人の身体に対して暴力を加え、その暴力のままにその人を器械的に行動せしめるごとき場合はその人の意思に基いた行為は存しないので同法条にいわゆる義務なきことを行わしめた場合に該当しないものと解するを相当とする。そしてこれを本件に見るに、原判決が判示第一事実において認定するところは、被告人は、判示のごとき経緯によつて辻光子の居住する建物の敷地の周囲に判示のように棒杭を打ち立て、これに竹や有刺鉄線を張つて柵を築造する作業を始めたところ、右光子から抗議されて昂奮し同女を罵つたので、同女が外聞を恥じてその敷地北端の勝手場先に逃がれ、竹箒を取つて同所地面の清掃に取りかかろうとした際、その背後からその両腕を掴んで引張り、同女が引き出されまいとして傍らの柱にしがみつくや、その左前胸部を手拳で殴打してこれを右の柱から引離し、同女の身体を引張り或は押し或は突くなどして同女を同所から十余米を距る敷地南側の表路上に伴れ出し、同女を該道路南側の松山晃方竹垣に押えつけたうえ更に同女の左足を足蹴にし、因つて同女に対し加療約一週間を要する左前胸部打撲および左アキレス腱部打撲の傷害を加えたものであるというのであるから、右辻光子が敷地北端の勝手場先から同敷地南側表道路上に出るに至つたのは被告人の右辻光子の身体に加えた前記一連の暴行による結果であつて、同女は自己の意思に基いたものではなく、被告人の右暴力のままに器械的に右行動に出たに過ぎないのであるから、同女の右行動はこれを目して刑法第二百二十三条第一項にいわゆる義務なき行為に出でたものというを得ないものであること、前記冒頭の説明によつて明らかである。しかしながら原判決の認定する前記事実によれば、被告人は辻光子の抵抗を排除し、その身体を捕え、暴力を用いてその自由を拘束し同女を引張り或は押し或は突くなどして同女をその敷地北端勝手場先から十余米を距る敷地南側の表路上に連れ出し、さらに該道路南側の松山晃方竹垣に押えつけたのであるから、その行為はまさに刑法第二百二十条第一項にいわゆる不法に人を逋捕した場合に該当するものといわなければならない(大審院昭和四年七月十七日判決、刑集八巻四〇〇頁参照)。そして辻光子の受けた判示傷害は、被告人が右不法逮捕に際して同女に加えた暴行により生じたものであることは原判決の判示するとおりであるから、原判決判示第一の事実において確定された被告人の判示所為は刑法第二百二十一条に該当し重き傷害罪により処断すべき場合に該当する。しかるに原判決はこの点につき被告人の判示所為を刑法第二百二十三条第一項の暴行を用い人をして義務なき事を行わしめた罪と傷害罪とにあたるとし、刑法第二百二十三条第一項および同法第二百四条を適用したのは法令の適用を誤つたものであるといわなければならない。しかし原判決は、被告人の右の所為は一個の行為であつて二個の罪名にふれる場合であるとし、刑法第五十四条第一項前段を適用し結局重い傷害罪の刑によつて処断しているのであるから、原判決の前記法令適用の誤は判決に影響するところはないといわねばならない。従つてその誤は原判決破棄の理由とはならない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 岩田誠 判事 八田卯一郎 判事 司波実)

弁護人牧野内武人の控訴趣意

第二点原判決には法令適用の誤りがある。

一、弁護士法違反について

1、原判決は被告人に弁護士法第七十七条第七十二条違反の事実を認定し、被告人に有罪の言渡をした。

2、けれども弁護士法第七十二条は「報酬を得る目的で……一般法律事件の和解事務を取り扱い、又はこれ等の周旋をする事を業とする事が出来ない。……」とある。

3、原審中島証人の「事件を十二、三件紹介うけ、執行の立会、書類の作成下調べをさせていた」の証言や、被告人の供述にもある様に被告人と弁護士中島長作とは、昭和二十五年頃より事務員以上、兄弟親戚の様な間柄だつたのである(五一丁)。それを検察官は起訴状記載の被告人のたつた二回の行為について弁護士法第七十二条違反として起訴し、原判決は右事実を弁護士法違反と認定した。

4、弁護士法第七十二条の「業とする。」の意味は少くとも被告人が職業的営業的に行つた場合即ち継続反覆性を必要とするのである。従つて被告人のたつた二回の行為は業として行つたわけでない。

5、又弁護士法第七十二条は「報酬を得る目的で一般法律事件の和解事件……」とあり、報酬を得る目的が必要であるが行政書士をしていた被告人が代書料を得るためであつて弁護士法第七十二条における報酬を得る目的でないから被告人の行為は弁護士法違反に該当しない。この点原判決は法律の解釈とその適用を誤つている。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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